あたしの名は霜烏微睡

 翌朝、真夕紀はクマの留め金がついたリュックサックを背負って登校した。深夜の異変から再び寝直すと、最早彼女にそれが異常だという考えはなかった。
 気分すっきりの、心地よい朝だ。

「おはよう、真夕紀。調子はどう?」

 通学路として使っている畦道を歩いている途中、真夕紀は見知らぬ少女から声をかけられた。
 薄汚れた学帽を目深に被っており、見た目は真夕紀と同じ年くらいの少年に見えた。しかし、艶やかな髪が流れ、聞こえる声は女のものだった。

「……? あなた誰?」

「ひどいなぁ、真夕紀。クラスメイトを忘れないでね。あたしの名は霜烏 微睡(しもからす まどろ)。一緒に学校に行きましょ」

 ――クラスにこんな娘いたかな。

 ――クラスメイトなら、何故わざわざ自己紹介するの?

 そんな疑問が、しかし次々と浮かんでは消えていくのだった。

「うん、行こ。今日の授業は……」

 ついでに言うなら、生徒なら教科書やノートなどが入ったリュックとかバッグとか持っていそうなものだが、微睡は何も持たず、手ぶらだった。しかし、真夕紀はそれに気付かなかった。

「おい、真夕紀! 土曜日空いてるか? いや、空けとけよ! 山に遊びに行くぞ!」

 校門で、いじめっ子の一人がすれ違いざまにそんなことを言ってきた。超訳すれば、「土曜日は山で散々いじめてやるぞ!」ということになる。

「こらぁ! あんたら、真夕紀にそんなこと言うんじゃないよ! どうせまた虫とか捕まえさせる気でしょ!」

 彼らの後ろから、明穂がいじめっ子たちを追いかけて、彼らと団子状態になりながら校庭に転がり込んでいく。遅れて、真夕紀も後を追って駆けだしていった。

 

「やれやれ……人間ってせわしないね」

 その様を呆れたように見送る微睡だった。

「やつらにとっちゃ、生(なま)の時間が短いからな。一分一秒でも無駄にできないんだろ」

 微睡の頭上から、クチダケの声がした。クチダケは、人の生のことを「なま」と呼ぶ。

「そうだな。……しかし、クチダケ、この姿の時は黙ってろよ。喋る帽子なんて人間界にはないんだからさ」

 学帽のつばが上下した。頷いたようである。
  それを確認して、微睡も学校へと入っていった。

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