プロローグ 鬼っ娘登場
 とある団地に建つ古ぼけたアパートの一室。
 その一室に、一人の不気味な風体の少女が住んでいた。彼女の名は鬼っ娘(オニッコ)。墓場より生まれし幽霊族の一人であり、今は滅びに向かいつつある一族を再び繁栄させるため、人間界にやってきた―― はずだったが、不況で活動もままならず、ほとんど人間界でいうニートの如き立場に甘んじていた。

「おい、起きろ!」

 嘴だけの烏が窓から飛び込んで、胴体は鬼っ娘に喰われたため、最早体そのものとなっている鋭い嘴で、畳に寝っ転がる鬼っ娘をつついた。

「痛てぇって、何だよ、クチダケ。あたしは眠いんだ、寝かせてくれ……」

「吸血鬼じゃあるまいし、真っ昼間から寝てどうすんだ。お前には、幽霊族の再興という目的があんだろうが。それと、オレのことをクチダケって呼ぶんじゃねぇ」

「ケ、ケ、ケ、他にどんな呼び方があんだよ……幽霊族の再興なんて、そんなのやっても、意味ないだろ。今じゃ、誰も妖怪なんて信じないし、それに加えて最近の世界的な不況で、復興した所で、何百年もダラダラ生きてるだけしかできないんじゃ、空しいだけだ。首くくるか、寝るしかねぇだろよ……」

 甚だしく差異の大きな発言をしたあと、再び鬼っ娘は仰向けになって目を閉じた。

「幽霊族が死ねるかよ――いいから、起きろ。依頼が来てンぞ」

「依頼だぁ?」


「路地裏の妖怪ポストに、近くの学校の生徒らしき娘ッ子が入れてったぞ」

「あ〜今時、あれに気づく人間がいるとはね……」

 鬼っ娘は無精無精起き上がって、細長い指でクチダケから手紙を受け取った。どうせ、どこぞの妖怪がいたずらしているのを止めたい、という類の依頼だろ。たまには、三邪眼の化け物と戦うような展開にでもならんものか、と思いながら開くと、ノートの切れ端にただ一文。「虫嫌いを治したい」
 彼女は50秒ほどその手紙をしげしげと眺め、10秒ほど天井を見つめて考えた後、大きな目をぎょろつかせて、クチダケを睨んだ。

「何だ、こりゃあ……ガキの依頼かよ?」 

 想像以上にレベルの低い依頼だった。
 クチダケは、手紙の送り主である真夕紀について、自らが観察したことを説明した。

「……だから、虫嫌いを克服したい、か。馬鹿馬鹿しい、ほっとけ。今すぐやらんでも、時間が経ちゃ、自然に克服できるだろよ」

「ところが、そういうわけにもいかんのですよー」

 そのとき、バンと鬼っ娘の部屋のドアが開かれ、小柄な少女が、ブーツを履いたまま上がってきた。

梨梨(りり)か……そういうわけにもいかない、ってどういうことだ?」

 兎々(うさうさ)梨梨だ。れっきとした人間の少女だが、ウブメ事件で知り合って以来、勝手に付きまとって、人間界の実情に疎い鬼っ娘のサポーターを自称している。大抵、勝手に来て勝手に喋って勝手に帰るだけなのであるが。ちなみに、彼女はこれでも、大病院の院長の長女である。

「あ〜やっぱり知らないんすね? このままだと、ここに住むのがやばいことになるってこと。最近の不況のせいで、この安いボロアパートの家賃も値上がりしてるんす」

「つまり、このままだと人間界にもいられない、と? しかし、こんな依頼聞いた所で、報酬が出るとも思えないが」

「そんなことないっすよーその娘のパパとやらが学者ですからね、うまくいけば、金になるはずっすよ――たぶん

「……たぶん?」

「それに……いや、今はいいか。とにかく、四の五のいってられる余裕はないだろう? 他にも依頼が来る当てなんてないことは、お前も知ってるだろ」

「わかった、わかった。やってやるから、そいつの家はどこだ?」

 梨梨とクチダケに煽られて、鬼っ娘はようやく重い腰を上げたのだった。

前「プロローグ 真夕紀の憂鬱」へ トップへ 次「蜘蛛の夢」へ